まるよし刃物の特徴のひとつに、「松炭」を使った焼き入れがあります。

古来より玉鋼を生み出す「たたら製鉄」や、日本刀の鍛錬には、大量の木炭が使用されてきました。
中でも松炭は、火の着きがよく、最大火力も高いため、金属の鍛錬には欠かせない燃料となっていたのです。

プレス成形による大量生産品(「利器材」といいます)が主流になった鍛造業界ですが、
一本造りの最高級包丁には、今でも鍛錬や鍛造、焼き入れに松炭が使われています。

刃物製作にとって、「火」は欠かせない要素です。

今日は、そんな上質の刃物には欠かせない木炭と松炭について学んでみたいと思います。

▪️木炭の種類

キャンプに行って火をおこす時に、「薪」を使う場合と「木炭」を使う場合がありますよね。
薪は木をそのまま切り出したもので、木炭は「炭焼き」という作業によって、時間をかけて木を蒸し焼きにしたものです。

薪は、勢いよく火が立ち上がり、暖をとるための焚き火やキャンプファイヤーに向いています。
一方で木炭は、火力が安定しやすく、火力調整もしやすいため、調理に向いています。

ここからもわかるように、火力が安定し、空気によって燃焼温度を調整できるという点から、刃物製作には木炭が使われます。


木炭には,「黒炭(くろずみ)」「白炭(しろずみ)」の2種類があります。
原木の種類の違いではなく、製炭方法(消火方法)の違いによって区別されます。

黒炭は、窯の中で木を蒸し焼きにした後、窯を密封して酸素の供給を断つことで消火し冷却してから取り出す、密封鎮火の方法です。黒炭に使用する原木は、主に楢や樫、クヌギ、松、白樺などいろいろ使われます。

白炭は、蒸し焼きされた後、窯口を開けて木炭を燃焼させ、燃焼中の木炭をそのまま取り出して、素灰(水分を含んだ土と灰)をかけて急冷消火する方法です。樫の木を使った備長炭が有名です。

日本刀や包丁の製作には、火が着きやすい黒炭が使われます。

伝統工芸木炭生産技術保存会のHPに、貴重な「松炭焼き」の動画があったので、リンクを貼ります。
DVD「松炭焼きの技法」23分
(企画:伝統工芸木炭生産技術保存会 制作:株式会社テレビせとうちクリエイト)

▪️松炭とコークス

鍛治職人にとって、最も熟練を要するのは「熱の管理」です。

鍛治職人は、火の色で適切な温度を読み取ります。計測器の類は一切ありません。温度が高いと整形は簡単ですが、切れ味が落ちるのです。そのため、熟練した職人は、よい切れ味をねらって、できるだけ低い温度で作業をします。ですから、たまには地金と鋼の間に傷が生じ、スクラップになってしまうこともあります。

『庖丁』信田圭造 2017 ミネルヴァ書房

そのような繊細な温度管理に最も適しているのが「松炭」なのです。

松炭にはアカマツが使われますが、炭焼き職人の高齢化による減少や、マツクイムシによる松枯れの影響などによって、今では生産量も少なく、非常に高価となっています。

刀鍛治の世界では、「炭切り三年、向こう鎚十年」という言葉があり、お弟子さんは、手だけでなく、鼻の穴や耳の穴まで真っ黒にしながら、正確に同じ大きさの炭を大量に切っていくのが仕事なのだそうです。

最近では、松炭の代わりにコークス(石炭を蒸し焼きにしたもの)を使う鍛冶屋さんも増えました。
ただ、コークスは木炭に比べて高温になり、通常の焼入れ温度の800度前後より高くなってしまうため、最初の鍛造(火造り)にはコークスを使い、焼き入れの時には松炭を使うという、使い分けをしているところも多いです。
※ステンレス系の焼入れ温度は1000度以上のため、コークスを使います。

良質な松炭を焼ける職人さんが少なくなっていることは、今後の刃物業界にとっても問題なのではないでしょうか。今度堺に行った時、職人さんに聞いてみようと思います。